オミクス博士のブログ

薬学の博士課程のブログ

研究キャリアを考える上での参考になれば幸いです。<感想>市民のためのサイエンス講座「記憶のしくみと心のなりたち」

 


 先日は東北大学の萩ホールで開催された市民のためのサイエンス講座「記憶のしくみと心のなりたち」に参加してきました。神経科学のお話も大変おもしろかったですが、プロの研究者の一般の方々への研究発表のやり方という視点で見てもためになりました。利根川進先生の研究キャリアについてのお話もとても参考になりました。

自分としては研究キャリアについてのお話が今後の自分の人生を考える上で非常にためになったので、研究キャリアについての内容に重点を置いて今回の講演の内容・感想を記事にしてまとめておこうと思いました。この記事は講演中に取ったメモに基づいていますので、事実と異なる内容も含まれるかもしれません。

「うれしい出来事はなぜ忘れないのか」

東北大学包括的脳科学研究・教育推進センター長 飯島敏夫 教授

 最初は飯島先生の講演で、海馬は新規記憶の形成に関わり、扁桃体は恐怖の発生に関わるというような内容でした。

最初の講演なので難しいお話や最先端のお話は無く、後の講演の理解を深める導入的な講演になるよう基本的な内容をとても丁寧に分かりやすく説明していました。

「海馬は一生神経細胞を作り続ける」

東北大学大学院医学系研究科 創生応用医学研究センター長 大隅典子 教授


 一方で次の大隅先生の講演は最先端で一般の方々には少し難しいんじゃないかと思える内容を「インサイド・ヘッド」という映画の内容と絡めて一般の方々に親しみやすくなるように工夫して説明していました。

大隅先生の講演の内容は、次のようなものでした。

大人の脳ではどこでも新しい神経細胞が生まれているわけではなく、新しい神経細胞の産生は主に海馬に限定されている。

運動や睡眠、栄養の摂取で記憶の定着が促される。大隅先生は栄養の摂取による記憶の定着を研究されていてアラキドン酸(ARA)が新しい神経細胞の産生、ドコサヘキサエン酸(DHA)が産生された神経細胞の定着に関わっているとおっしゃっていました。


「辛い記憶とどう向き合うか」

東北大学災害科学国際研究所 災害精神医学分野 富田博秋 教授

 富田先生の講演はこれまでの基礎研究的な内容とは対照的で神経科学を応用して震災体験などの辛い経験で傷ついた心をどのように癒すかというような内容で、神経科学が自分たちの生活にどう役立っているのかを理解することができました。

「記憶のしくみと心のなりたち ノーベル賞受賞後のチャレンジ」

マサチューセッツ工科大学 利根川進 教授

 利根川先生の講演は前半が研究人生についてのお話で後半が神経科学を中心とした利根川先生の研究内容についてのお話でした。

研究人生のお話では、利根川先生の現在の成功へと至る研究人生の岐路において人とのつながりが大きな役割を果たしていたということがとても印象的でした。もちろん利根川先生の現在の成功は利根川先生ご自身の尋常ではない努力があってこそなのですが。

利根川先生の研究分野は、化学→分子生物学→免疫学→神経科学と移って行きました。

利根川先生は京都大学で化学系の研究室に入り、そこで研究室の先輩から当時の日本では全く研究されていなかった分子生物学という分野がアメリカで研究され始め発展しているという話を聞き分子生物学への興味を持ちました。

その後、分子生物学を学ぶために京都大学の恩師の紹介によりアメリカの大学院への留学が決まり、そこでPh.D.を取得されました。

利根川先生はPh.D.取得後も分子生物学の聖地であるアメリカで研究することを希望していましたが、Ph.D.取得後2年でビザが切れるためアメリカには長く滞在することができないという問題がありました。

そんな時に利根川先生は、免疫学の専門家ではないが非常に先見の明があると尊敬していたRenato Dulbecco博士から「分子生物学の手法を免疫学に応用することできっと面白いことがわかるはずだ」とアドバイスを受け、スイスのバーゼル免疫学研究所に研究の拠点を移すことを決意します。これが後のノーベル生理学・医学賞の受賞につながります。

スイスでは10年間、研究を行いましたが、分子生物学の聖地であるアメリカへ戻りたいという気持ちもあり、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授職へのオファーを受け、研究の拠点を再度アメリカへ移しました。

MITでもしばらくは免疫学の研究を続けていましたが、今後の科学において脳は非常に魅力的な研究分野であるという考えから徐々に研究の重点を免疫学から神経科学へと移していき現在に至っているということでした。


高校生と大学生が利根川進教授を囲むディスカッション

 利根川先生との質疑応答のコーナーでは、「例えば、自転車に乗れない人に自転車に乗った記憶を与えるとその人は自転車に乗れるようになるのでしょうか?」といった神経科学に関する興味深い質問もありましたが、僕が最も興味を持ったのは研究キャリアに関する質疑応答でした。

以下で、2つの研究キャリアに関する質疑応答を紹介したいと思います。

Q1. 研究キャリアを積み重ねる上で大切なことは何ですか?

利根川先生の回答

  • これから何が重要になるのかを考え、自分のモチベーションが上がり、情熱を持てる研究分野を見つけなさい。これから何が重要になるのかは自分だけで考えるのではなく、友人や先生などと議論することも大切である。
  • 優れた人の考え方およびそれに基づく行動を真似なさい。
  • 留学をするなら、なるべく脳に柔軟性のある20代の内に行った方が良い。
  • 最終的には運も重要な要素となるが、自分の行動で影響を及ぼせることには一生懸命に取り組みなさい。
 
Q2. 量産されているPh.D.取得者に対して、大学や公的研究機関のポストが足りていない現状に対してどう考えますか?
 
利根川先生の回答
  • 個人的なレベルでは良い研究をすれば必ず職は見つかると考えるしかないと思う。
  • 研究者は芸術家などと同じように研究が好きだというのが根底にあって、自分が重要だと考えることに一生懸命に取り組んでそれで職が見つからないんだったらしょうがないという覚悟が必要。
  • 本当に研究に一生懸命に取り組んだんだとしたら研究以外のことでも生きていけるだけの能力は身に付いているはず。